ニューヨークも少し外れると、緑の溢れる素敵な遊歩道がたくさんあります。



今日は海外からいらっしゃっている方と、お散歩をしながらお仕事から子育てまで様々なお話をさせていただきました。(写真はカモの家族?)


(null)その中でも一番印象に残り、そしてショックだったのが、彼女が日本の金融機関に勤めた際のこと。自国でキャリアを積んできた彼女を日本で待っていたのは女性差別以外の何物でもなかったそうです。




 



例えば、彼女曰く、提示額の低さに疑問を持ち確認しに行った際に男性採用担当者から言われた「あなただって子どもほしいでしょ?」は未だに鮮明に覚えているとのこと。日本語が話せるとはいえまだまだ“仕事で使える”というレベルだったため(彼女曰く、遠回しに言われた差別発言に反論する、ってのは格段に難しいとのこと。確かに。)悔しい思いをしたそう。

うーん、これは重い話題だな、、と思いつつ、何故日本の大手金融(といっても会社によって異なりますが)ではこういった状態が残っていた(いる?)のか、について議論したのですが、イマイチ結論には至らず。



じゃあアメリカやその方の自国では差別は無いかと言われれば全くそんなことはなく、アメリカにおいてはやはり白人男性がヒエラルキーのトップという印象は受けますが、日本以上に女性がこの問題について真剣に批判をしているし反論もされている印象もうけます。一方で日本と同じく、こういった問題を真っ正面から扱うと“あらやださむーい”といった雰囲気もあります。その雰囲気をガン無視して話す人もまた多いってのも言えるけれども。



 





 

帰りの電車でずっとこの話について考えていました。
・人工問題(長期の人工で考えるべき仕事も勿論ある)
・核家族化問題
・産休育休問題
・家庭を顧みない俺カッコいいだろ問題
・子育て中だけ何故かシングルマザー状態問題
・だって子育て面倒そうだから仕事に没頭させてください問題
・兎に角女が嫌いな上司がいた問題(逆もありかな)
・活躍する女性を嫌うのは女性だ問題
・単に制度が追い付いてない問題
、、、、などはまぁよく議論されるものとしてあるんだけど。

 

じゃあ自分が男性の上司でどうしても昇進したくて、ある日バリバリのキャリア持ってて3か国語話せる女性部下を取れって言われたらって想像してみたんですが、何かわからなくもないなと。
この男性上司、例えば能力値はそこそこだが目指せ役員、にとって一番望ましい状況は、採用する女性の割合を増やし(例えば半数)、出産を勧め、出産を機にキャリア街道から降りてもらう、だがしかし辞めてはもらわずに。もしこれが成功(?)したら社員の半数は自動的にライバルでなくなる。
おお、これはグッドソリューション、、、?
この辺りの考え方は、性別以外の考え方にも適用できそう。

 

仕事から距離を置いて過ごす日々の中で、今日はキャリアにおける女性の問題について深く考えさせられました。きらきら光る小川の水面を前に、まぁ状況に文句言っても仕方ないからうまくやるしかないよね、と笑う彼女の姿に、強さと過去経験されただろう辛さを感じ少し胸が痛みました。
新聞を開けば女性ならではの視点を活かした、等の言葉が溢れかえっていますが、そういう事ではない。
(特段女性用商材扱っていない企業が言っていると特に仕事なめんなよとすら思う。人口の半分を十把一絡げにしてマーケティング出来るほど甘くないぞと。)

きっと、そういう問題じゃないんだなと。
他の基準で区別すべきところに性別による判断を持ち込むことは明らかな差別ですし人権侵害であり法治国家である日本においては憲法にて禁止されています。なんかその重みに向き合ってないよねって。

ボタニカルガーデンを過ぎ、鮮やかな緑から次第に赤煉瓦のビルに変わっていくニューヨークの景色を眺めながら、差別によってライバルを蹴落とす歪んじゃったスーパーハイリスキー中途半端人材をどう排除するべきなのか、悶々とし、グランドセントラルまで到着してしまった次第です。


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